焦点:徴兵で人手失うウクライナ農業、種まきや収穫に試練

[キシチェンツィ(ウクライナ中部) 8日 ロイター] – ウクライナ中部チェルカースィ州で大規模な農場と牧場を経営するオランダ出身のキース・ホイジンガさん(48)は、過去20年間で数多くの試練に見舞われてきたが、ロシアの侵攻で予想もしていなかった新たな問題を突きつけられた。

 5月8日、 ウクライナ中部チェルカースィ州で大規模な農場と牧場を経営するオランダ出身のキース・ホイジンガさんは、過去20年間で数多くの試練に見舞われてきたが、ロシアの侵攻で予想もしていなかった新たな問題を突きつけられた。写真は1日、同州キシチェンツィ近郊の農場で、種まきをした土壌をチェックするホイジンガさん(2023年 ロイター/Valentyn Ogirenko)

この農場の従業員350人のうち40人前後が兵役に就いたため、代わりに未経験者を採用せざるを得ず、作業効率の低下を余儀なくされた。ホイジンガさんは今、穀物収穫量と牛乳生産量の落ち込みによる収入減少を恐れている。

戦争のために農業分野で貴重な働き手を失ったのはホイジンガさんだけではない。ロイターが3人の農家、大手穀物企業1社と業界団体関係者1人に取材したところによると、1年の中で最も大事な種まきと収穫の時期はただでさえ大変だが、軍による招集のために一層困難な事態を迎えている。

ウクライナでは戦争が始まって以降、穀物輸出が滞った上に、肥料の入手ルートが細り、農地が広範囲にわたって破壊されたため穀物生産が急減。輸出収入の目減りを懸念した政府が、主要農業セクターの一部人員に対する兵役を免除する対策を講じているものの、その効果は限定的だ。

ロイターの取材に応じた関係者の大半は、代わりの働き手を雇ったり、幾つかの仕事で増員したりすることが可能だが、経験を穴埋めすることはできないと語る。

ホイジンガさんは「(作業面で)相応の能率と質がなくなっている」と嘆き、農地1万5000ヘクタールと乳牛2000頭の農場にとって数十万ドルかそれ以上の損失につながる恐れがあるとの懸念を示した。

<作付けと追加徴兵が重複>

しかもタイミングの悪いことに、今年は種まきの時期が大雨のせいで例年より遅れ、ウクライナが準備を進めている大規模反攻作戦に向けた追加的な徴兵手続きと重なってしまった。

「350人の従業員のうち40人が軍にいる。全員が最前線に配置されているわけではないが、彼らがいなくなって困っている。ウクライナ全土の農家で見ても、平均して労働力の15%前後を軍に供給していると思う」と、ホイジンガさんは述べた。

ホイジンガさんはウクライナ軍に機器や資金を積極的に供出しており、軍が農機やトラックの運転に慣れた人を徴募するのはもっともだと理解を示しつつも、機械修理の中心的な担い手が14カ月前に出征した痛手を実感している。

「彼はとても素早く機械を直してくれる。トラクターが壊れても対応できる。今いる新人は(修理に)1時間か1時間半はかかる。もちろんこれから経験を積んでいくが、数年を要するだろう」という。

<兵役免除の限界>

ウクライナは、肥沃な黒土に覆われた大平原と黒海沿岸の港湾を持つ世界有数の穀物輸出国。農産物輸出は、ロシアの侵攻前には国内総生産(GDP)の約12%を占め、全輸出の6割に達していた。

ただ戦争で状況は一変し、2021穀物年度に過去最高の8600万トンだった穀物生産量は22年度におよそ5300万トンに減少したもようで、今年度は最悪の場合、4430万トンにまで落ち込む恐れがある。

そうした中でウクライナ政府は、穀物増産に向けて一部の農場を経済にとって極めて重要な機関と指定し、従業員の兵役免除を認める法律を制定した。

先月にはこの指定を受ける基準が緩和され、農場の面積に関する要件が1000ヘクタールから500ヘクタールに下がったほか、保険適用労働者の平均人数も最低50人から20人に変更された。その結果、対象となる農場が増えた。

農務省高官は「状況は非常に緊迫している。だが軍の動員が農業セクターにとって必要な労働を阻んだり、大幅に制限したりしたと言うのは間違っている」と述べた。

それでも、特に年初時点で徴兵対象者が拡大されたため、農業従事者が兵役を必ずしも回避できる状況になっていない、と2人の農家は反論している。

そもそもウクライナの農村地帯では、過去数十年で多くの若者が都市部へ去っていく流れが続いているため、働く意思や能力がある人材の母集団がそれほど大きくないとみられる。

また過剰に徴兵されるのを防ぐ上では、こうした法律や規則よりも地元の徴兵事務所と良好な関係を築いたり、軍に物資提供を申し出たりする方が効果的なケースもある。

首都キーウ東部バリシェフカの穀物企業グレイン・アライアンスは、従業員1100人中51人が現在、「ウクライナを守っている」と明かした。同社は5万7000ヘクタールの土地を有し、このうち5万4000ヘクタールを耕地化している。

同社は声明で「ウクライナの国防力を強化する措置の緊急性と重要性は理解している。しかしその次には、農業セクターに対して適切な人材を供給するという重大な問題がある」と指摘。「ウクライナと国民の食料保障は戦争に勝利するためにも大事だ」とした上で、種まきと収穫の作業に十分な労働力を確保するため国防当局と協力していると付け加えた。

農業団体のある幹部は、今年の状況は「難しいが致命的ではない」と語り、その理由としてある程度の労働力を守る手だてがなされている点を挙げた。具体的には女性のより積極的な活用や、戦争で行き場を失った人の採用、今いる従業員の再訓練などに取り組んでいるという。

(Elizabeth Piper記者 Pavel Polityuk記者)

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